自己紹介
1965年10月13日東京にて出生。江東区立第三砂町小学校、市川市立第四中学校、千葉県立市川東高等学校を経て高校時代の面白かった先生の出身校である日本大学分文理学部中国文学科を受験。本命は同じ文理学部の地理学科、中国文学科には受かったものの本命はあえなく玉砕。親父に浪人しても良いかと聞いたら“佐川急便に行け”といわれ、結局中国文学科に通うことにする。 しかしココの水が合い、楽しく勉学。86年に初めて中国の地を踏み中国の魅力に取り付かれる。その後は新宿の居酒屋でアルバイトをしてはお金をため、休みのたびに中国へ行くようになる。 大学卒業時は円高不況の最後の年で就職がなく某トラックディーラーで3年間トラックを販売。同期がバブルはじける建設業界へダンプを大量に販売しているのを尻目に小さな運送屋をコツコツ回り、営業のイロハを覚える。 91年、取引先のある運送屋さんの口利きで中国専門旅行社に入社。1年目はビザの担当、2年目~3年目は航空券の仕入担当をし、バリバリ仕事をしていたが、某社とのジョイントベンチャーで新たに航空券の販売会社が設立され、航空券の仕入れ担当業務の経験を買われ、そちらに出向を命じられる。正直言って本社で使いづらい人間ばかり出向に出された。別名“○○○○観光の夢の島” しかしそこで発奮、航空券の卸売り事業をはじめる。トラックディーラーで培った足で回る営業を行いかなり数字が出てきたところで部署ごと本社に凱旋。そりゃ気持ちよかったっすよ~。夢の島からの生還って感じで。 本社に凱旋した後さらに困難が降りかかる。何と社内で一番使いづらい人間を2人うちの課で面倒見ることに!実質課内では課長に次いで二番目の地位だった私は激しい胃痛に見舞われる。某社から良い条件でヘッドハンティングのさそいが。条件の良さでまんまと吊られてしまい、そちらの会社へ転職。 きちんと書面で条件をつめていなかった私が悪かったのだが、実際は全然条件が違いながらもそこで5年間勤め上げる。今までは中国専門旅行会社に勤務していたので中国の知識しかなかったが、新しい勤務先で東南アジアからインド、中近東、アフリカ、ヨーロッパ、中南米、と知識を広めることが出来た。 ただ、仕事が忙しすぎて家庭を振り返らなかった為か、前妻に浮気をされてしまい、それがきっかけで離婚。子供たちのためにと毎月養育費を払う。離婚をきっかけに上海に来て旅行会社を始める。 日本からつれてきた現在の妻とは昨年晴れて入籍。
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